東武日光線 楡木駅
去年の夏を思い出す。
一年前の自分はどうだったろう。
前に進んでいるだろうか。
今朝、自転車にセミの抜け殻がついていた。
また夏がくる。
photo : yuyasuzuki
東武日光線 楡木駅
去年の夏を思い出す。
一年前の自分はどうだったろう。
前に進んでいるだろうか。
今朝、自転車にセミの抜け殻がついていた。
また夏がくる。
photo : yuyasuzuki
ものをつくる時に、自分は一体何をつくるのかを考える。
もののかたちをつくるのか?
ものを美しく装飾するのか?
ものに機能を込めるのか?
色々な切り口があるが、
「もののあり方をつくる」というのも、ひとつの答えだと思う。
たとえば、栃木県の特産物のひとつに大谷石がある。
決められたサイズに切り出され、古くから民家の塀や石蔵の壁に使われてきた。
現代では薄く加工したものを内装仕上材として使われているが、
石塀や石蔵として頻繁に使われていた時代と比較すると需要は少なくなっている。
最近は、需要が減ってしまった大谷石の新たな活用方法として、
新たな売り出し方が模索されている。
オブジェやストリートファニチャー、照明器具、インテリア雑貨など、
様々な提案がなされ、実際に商品化されているものも多いが、
残念ながら、スマッシュヒットとは言いがたい。
そんな中、大谷石の素晴らしいデザインに偶然出会うことができた。
出会った場所は、原宿のkurkkuという雑貨店。
そこで見た大谷石は、凝った造形ではなく、照明が内蔵されているわけでもなく、
何の加工も施されていない120mm角の立方体だった。
120mm角の大谷石の立方体は、店内の雑貨コーナーにいくつか置かれていた。
あるものは、CDや本を並べるブックエンドに用いられ、
あるものは、フライヤーが風に飛ばないように重石に置かれ、
またあるものは、古材のテーブルの上に無造作に置かれて、
さらにその上に小さいガラスの花瓶が飾られていた。
店内をくまなく見てみると、一部の商品陳列棚は、
積み重ねられた大谷石の立方体に古材の板を乗せたものだった。
この大谷石は、誰かがデザインしたものなのか、
たまたま、この大きさで存在したものなのか、分からない。
でも、石塀としてつくられた300mm×900mmのサイズでも
内装用につくられた300角・15mm厚のサイズでもなく、
ちょうどいいあんばいの立方体に切り出されたというだけで、
塀でも壁でもない、今までの寸法の大谷石では考えられなかった
様々な機能や、室内装飾としての役割が、使う人のアイデアとして派生したのだ。
これは、造形や装飾や機能をデザインしたものではない。
まぎれもなく、「あり方」がデザインされていた。
その雑貨屋さんの大谷石には値札は付いていなかった。
自分も、こんなふうにものをつくることができたらと、心から思った。
yuyasuzuki
栃木県足利市 足利学校 孔子廟
寛永8年建造。日本に現存する最古の孔子廟。
学問の象徴として、孔子の像が祭られている。
天文年間(1550年頃)には日本最大の大学と言われた足利学校は、
江戸末期にその役割を終え、明治5年に廃校となった。
photo : yuyasuzuki
栃木県足利市 足利学校 学校門
寛永8年(1668)創建。そのままの姿で残されている。
現代とは異なった時代・文化の中で、
着物を着てまげを結った人々が、夢を持ってこの門をくぐっていた。
私たちと彼らが違うのは表層的な部分だけなんじゃないだろうか。
ちゃんと向き合って話せたら、意外と話が合うかもしれない。
photo : yuyasuzuki